最近いろいろな問題が立て続けに起きて、かれこれ4ヶ月、諸問題に向き合い、格闘している。

つくづく思うのは、「人に動いてもらうこと」の難しさ。

自分だけの問題だったら、自分のやり方とペースで物事に素早く対処できるのに、何かを他人にやってもらうというのは、それが夫婦であれ、一筋縄ではいかず、とても難儀する。

考え方の相違はもちろん、アプローチの仕方も何もかも違うから、目的は同じなのに、思わぬ時間がかかったりする。

毎日何が起こるかわからない状態の中で一喜一憂するのは、精神的にも肉体的にもしんどい。

頭では冷静に、と思っていても、いざ、対面して話し合いの場になると、カッカしてしまったりもするのだ。

だけど、新しい発見もある。

この人はこういう人だったのか、とか、自分にはこういう面もあったのか、とわかったことが多い。

長年連れ添った夫婦にしろ、それこそ自分にしろ、わかったつもりでいたのに、そうじゃなかった、というたくさんの気づきがある。

こんな自分がいたのかと、とてもびっくりすることもある。

その度、ある種の動揺があるのだが、しばらくすると受け入れている自分がいる。

そしてその度にちょっと強くなったような気がする。

問題は次から次へと起こるが、最近は仕事だと思って、コトに当たっている。

そうでないと、精神的にほとほと参ってしまうからだ。

十分苦しんでるし、悩んでるし、泣きもする。

でも、きっとこんなことずっと続くわけじゃないとどこかで思っている。

そうじゃないと生活が成り立たなくなってしまうから。

家事もできなくなってしまうから。

人生、こんな時もあるんだ、って思う。

だから、毎日、今日は夕飯何作ろうとか、なるべくいつも通りにする。

楽しみにしていた偕楽園の梅を、今年は観ることができなかったけれど、来年はスッキリして、観られるといいな、と思う春爛漫。