「まんなか」世代のみなさんこんにちは。
いつもウサギのようにビクビクと妻の顔色をうかがいながら暮らしているウサ夫です。
でもウサギって一見、弱そうだけど、
追いつめられると敵を蹴り殺すこともあるんですって。
なにが言いたいって?いえ……単なる豆知識です。
さて、今回ご紹介するのは、羽田圭介さんの芥川賞受賞作『スクラップ・アンド・ビルド』(文藝春秋)。
羽田さんって、デーモン閣下風のメイクをして、カラオケボックスで受賞の報せを待っていたことからもわかるように、なかなかおいしいキャラの持ち主ですよね。
最近、よくテレビでもいじられていますけど、でもテレビって露出し過ぎるとあっという間に消費されてしまいますから、逆にうまいこと利用して本の宣伝につなげていただきたいものです。
さて、そんな特異なキャラは作品にもあらわれていまして、
前作『メタモルフォシス』のテーマはなんとマゾヒズム。
「この人、モノホンのMなんじゃないの?」っていうくらいに
マゾの内面を深く掘り下げていて、これからはよりアブノーマルな方向で作品を書いていくのかと思いきや、意外や意外、本作『スクラップ・アンド・ビルド』のテーマは「介護」でした。
介護。
「まんなか世代」にはちょっと憂鬱な響きを帯びた言葉ではないでしょうか。
世代的に親の介護の問題が、もう待ったなしのところにきているからです。
「介護がテーマの小説」と聞いただけで、読む前から気分がどんよりという人もいるかもしれません。
しかしこの小説を読めば、そんな先入観は心地よく裏切られるでしょう。
ヘンタイ羽田圭介(←ホメ言葉)が書く介護小説がひと筋縄でいこうはずがありません。
新卒で5年間勤めた会社を退職し、自宅で資格試験の勉強をしながら次の就職先を探している28歳の健斗が主人公。
母と長崎から引き取った87歳の祖父とともに、東京の郊外にある家で暮らしています。
祖父はことあるごとに
「じいちゃんなんか、早う死んだらよか」というのが口癖。
健斗はある時、そんな祖父の願いを叶えてやり、
「苦痛や恐怖心さえない穏やかな死」を迎えられるよう手伝ってあげようと決意します。
そして祖父の運動機能を奪うために、過剰なまでに世話を焼くようになります。
祖父がからだを動かさないで済むよう、上げ膳据え膳で過剰な介護を行えば、
その結果、祖父の死期を早めることになると目論んだわけです。
当初は祖父を邪魔に感じて、だったら死なせてやろうくらいのちょっとした悪意からはじまった過剰介護ですが、やがて祖父の願いを本気で叶えてあげるための純粋な行為へと変化していきます。
祖父を持ち上げたりする体力をつけるために、まるで求道者のように身体を鍛えぬく日々が始まるのです。
でも、主人公の意に反して、祖父はなかなか死にません。
「死にたい」と事あるごとに口にするくせに、意外と生への執着をみせたりもします。
祖父はなかなか死なず、主人公の努力は空回りする。
このあたりの主人公の行動と現実のズレから生まれる滑稽味が本書の魅力です。
羽田圭介は、境界の向こう側へと切り込んでいく作家です。
前作『メタモルフォシス』では、日常の向こうにある変態の世界へと足を踏み入れたときにそこから何が見えてくるかを描いたように、
『スクラップ・アンド・ビルド』では、介護する者とされる者、若者と高齢者との境界を踏み越えたところに何があるかを描こうとしました。
考えてみれば、介護というのは、もっとも身近なところで発生する文化の衝突ですよね。
生きてきた時代も、生活習慣も、価値観も異なる者どうしが、「介護する者/される者」という境界線上で相まみえるわけですから。
では、祖父の介護を通じて健斗は何を見たのか。
本書のラストで示されるそれをここで明かすわけにはいきませんが、
ひとつだけ申し上げておくと、読後感は決して暗いものではありません。
祖父に対して主人公が至ったある種の理解は、これから介護を経験しようとしている「まんなか世代」にとって、実に示唆に富んだものであることは保証します。
ぜひご一読ください。
ところでこの『スクラップ・アンド・ビルド』のように、
日本が超高齢化社会に突入するなかで、
このところ介護をテーマにしたすぐれた作品が生まれていることは注目に値します。
最後に、
そんな最先端の成果をひとつご紹介しておきましょう。
民俗学の分野で前途を嘱望された優秀な研究者が、
ひょんなことから介護施設の職員になり、
そこで新しい介護の手法を生み出し、いま大きな注目を集めています。
その人の名は、六車由実さん。
六車さんは民俗学の「聞き書き」という手法を使って、
お年寄りたちから豊かな物語を引き出していきます。
それは、知られざる戦争体験であったり、
胸に秘めてきた恋の思い出であったり、
いまや失われてしまった昭和の庶民の暮らしのディテールであったりします。
そうしたお年寄りの口から語られる
豊かな記憶の数々をともに共有することで、
当のお年寄りだけではなく、
施設の職員も生き生きとした感情を取り戻していくというのですから面白い。
六車さんが切り拓いた「介護民俗学」という分野は、
「介護の世界を劇的に変えた」とまで言われています。
介護は決して辛いだけのものではない。
もしかすると介護をする側にとっても大きな恵みをもたらしてくれるものかもしれない。
「介護民俗学」の取り組みは、そんなことを教えてくれます。
六車由実さん(彼女も「まんなか世代」!)の取り組みに興味があるという方、
まずは『介護民俗学へようこそ!「すまいるほーむ」の物語』(新潮社)をぜひどうぞ!