こんにちはウサ夫です。
病院の門を出てふと見上げると木々の葉が色づいていました。いつの間にか季節が移ろっていたのですね。

今年生まれて初めての入院生活を経験しました。
人生では思いもよらないことが起こる、なんてことはこの歳ですから知っているつもりでしたが、まさか!自分の身の上に起こるなんて想像だにしていませんでした。
それがあれよあれよという間に救急搬送され、気がつけば病院のベッドに横たわっていたのです。

それにしても生まれて初めての入院生活は何から何まで新鮮な体験でした。
夜間勤務のナースに聞いた病院内のドロドロした人間関係の話や(かっ書きたい!)、
夜間勤務のナースに聞いたナースたちの恋愛に関する最新事情や(かっ書きたい!)
夜間勤務のナースに聞いた……やめておきましょう。
あと妻が優しいのも新鮮な体験でした。
異様に優しいので、かえって何を企んでるんだろうと恐ろしくなりましたけど。

ともかく、今回は自覚症状や前兆現象などもなく、まったくの不意打ちでしたので、
つくづく自分の体のことというのは、自分でわかっているようでいてわかっていないのだなぁと実感しました。

『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』(河出書房新社)は、まさに「自分の体とは何か」ということを問いかけてくる一冊です。

時は2000年の5月にさかのぼります。
ニューヨーク州のコールド・スプリングス・ハーバー研究所の科学者たちの間で、このとき一冊のノートが回されていました。

ノートに次々に書き込まれていたのは、各人が予想するヒト遺伝子の数。
当時、世界各国の研究機関が連携してヒトゲノム・プロジェクトが進められていました。
初めてヒトを構成する遺伝子の全貌が明らかになろうとしていたのです。
はたしてヒトが保有する遺伝子の数はいくつあるのか、
科学者たちはそれぞれの予想をノートに書き込むゲームをやっていたんですね。

遺伝子には、生物を構成する蛋白質をつくるための情報が蓄えられています。
ヒトという生き物の複雑さを常識的に考えれば、遺伝子の数はかなり多いと考えるのが普通でしょう。
ちなみに極めて単純な生物である線虫の遺伝子は2万500個。
ヒト遺伝子の科学者たちの予想平均は5万5000個で、最高は15万個だったそうです。

2003年、ついにヒトゲノムの解読が終了して答えが判明しました。
その結果は驚くべきものでした。
なんとヒトの遺伝子の数は、線虫とほぼ同じ、2万1000個に過ぎなかったのです!

でもここで疑問が生じます。
ならばなぜヒトはこれほどまでに複雑で高度な身体メカニズムを手にすることができたのでしょうか。

実はあなたの体を動かしているのは、2万1000個の遺伝子だけではありません。
私たちの体の中には、たくさんの微生物たちがいます。
その数、実に100兆個!
人体に棲むこれらの微生物を合わせると、遺伝子の数は440万個にもなります。
微生物の440万個の遺伝子は、2万1000個のヒト遺伝子と協力しながら、私たちの体を動かしていたのです。

生物学や進化生物学の専門家で、イギリスでサイエンス・コメンテーターとして活躍する著者のアランナ・コリンは、「あなたの体のうち、ヒトの部分は10%しかない」と一見、かなり刺激的ともとれる言い方をしています。(本書の現代は『10% HUMAN』です)

実はこれ、決して大げさなことを言っているのではありません。
ヒトゲノム・プロジェクトはその後、人体に棲む微生物のゲノムの総体を解析しようというヒトマイクロバイオーム・プロジェクトへとつながっていき、その結果わたしたちの体の大部分は「わたしのもの」ではなく、「微生物のもの」であることがわかったのです。

「腸内環境」とか「腸内フローラ」といった言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。
腸内にいる微生物群がわたしたちの健康を守ってくれていることは今では広く知られるようになりましたが、その背景にはこのような世界的な研究の流れがあったのです。

もちろんこの本が教えてくれるのは、「ヨーグルトを食べましょう」的なレベルにとどまりません。

花粉症などのアレルギーはもとより、糖尿病などの自己免疫疾患、過敏性腸症候群などの消化器トラブル、肥満やうつ病などでさえも、実は微生物の働きが関係しているのではないかということがわかってきたのです。

これらの「現代病」は、20世紀後半から今世紀にかけて世界的にひろまっています。
増加の背景に微生物たちの生態系の働きが阻害されていることがあるのはもちろんですが、ではなぜマイクロバイオーム(微生物の生態系)が脅かされているのか、微生物に悪さをしているのは何なのか、それが本書のもっとも大切な部分になります。

ぜひそこは本を手にとって読んでください。
もったいぶるようですが、事は医療の分野に関わることゆえ、ここで安易に要約して、その結果かえって誤解を生んでしまうような事態は避けたいからです。

ひとことだけ申し上げておくと、著者は驚くべきものを真犯人ではないかと推理しています。20世紀に人類を救うことになったあるイノベーションが、思いもよらないかたちで微生物の生態系にダメージを与えている可能性を指摘しています。

いずれにしても、これほどまでに「自分の体は自分だけのものではない」ということを痛感させられる一冊はありません。

あなたの体はもちろん、あなたのものだけではなく家族のものでもあるわけですが、それ以前になによりも微生物たちのものでもあるのです。

わたしたちは日々、微生物によって生かされています。
微生物を喜ばせるために人生を送ることが、あなた自身の、ひいてはあなたの家族の笑顔にもつながるのです。