「まんなか」世代のみなさん初めまして。ウサ夫です。
いつもウサギのようにビクビクと妻の目を気にしながら暮らしている、みなさんと同じ「まんなか」世代のオトコです。
日々の暮らしの中で心が休まるのは本を読んでいる時だけ。
ここだけの話……、妻よりもずっと本のことを愛しています!
当欄で「まんなか」世代の女性におススメの本をご紹介してまいります。よろしくお願いいたします。

さて、本の紹介の前に、質問をひとつ。
みなさんが現役バリバリで仕事をしている光景をイメージしてください。
そんなふうに仕事ができるのって、いったい何歳くらいまでだと思います?

サラリーマンであれば否応なく定年が訪れますよね。
60歳とか65歳とか。もしかしたら「まんなか」世代の定年はさらに延びるかもしれませんが。
一方、フリーランスであれば定年はないけれど、現役バリバリとなるとどうでしょうか。
まだまだいけると思っていても、いつまで引き合いがあるかという問題もあります。

第一線で長く仕事を続けるのは、どうやらすごく難しそう。
でも世の中には、歳をとっても最前線で大活躍されている方がいらっしゃいます。

今回おススメする一冊は、『時をかけるヤッコさん』(文藝春秋)。
著者の高橋靖子さんは1941年生まれ。御年74歳の現役スタイリストです。

広告代理店に入って撮影を手伝ううちに、ちょっと気を利かせて揃えた服や雑貨が評判となり、気がつけばあちこちから声がかかるようになったというヤッコさん。
まだ「スタイリスト」という職業が存在しなかった時代に、彼女は手探りでこの新しい仕事を確立していきます。(彼女は「スタイリスト」の職業名で確定申告をした第一号でもあります)

その過程で出会った人々が凄い!
デヴィッド・ボウイにイギ―・ポップにマーク・ボラン、山本寛斎に伊丹十三に鋤田正義、坂本龍一に矢沢永吉――。
ヤッコさんは彼らとともに70年代カルチャーの誕生に立ち会うことになるのです。

「ヤッコ、どこかでおいしいランチを食べよう」
著者と連れ立って芋洗坂をリラックスした表情で歩くデヴィッド・ボウイ。

あたり一面に霧が立ち込める中、ピンク・フロイドが登場した日本で初めての大型野外コンサート「箱根アフロディーテ」。

街でもしデヴィッド・ボウイとすれ違ったら……。
霧の向こうから「原子心母」が聴こえてきたら……。
想像するだけで、鳥肌が立ってしまう。
貴重なスナップ写真とともに語られる著者の思い出は、あまりにドラマティックです。

でもこの本は、ただの回想録ではありません。

箭内道彦と『風とロック』の特集誌面でコラボしたかと思えば、
布袋寅泰の一世一代のスペシャルなライブのステージ衣装を手がけ、
ももいろクローバーZからはこれまでにない衣装で新たな魅力を引き出してみせる。

そう、ヤッコさんはいまを疾走する現役バリバリのスタイリストでもあるのです。
(この本の装丁だって森本千絵さん。なんというアンテナ感度の良さ!)

なぜ彼女はこんなにもパワフルなのだろう?

長く生きていれば、人生いろいろなことが起こります。
ヤッコさんだって例外ではありません。
熟年離婚も在宅介護も経験しているし、
なにより同時代を伴走して来た大切な友人たちの死にもたびたび遭遇しています。

本書には宇野千代さんとの交流も出てきますが、晩年になって「幸せ」という言葉を連発するようになった宇野さんが、実は深い孤独を抱えていたのではないかとさりげなく見抜くところなどは、ヤッコさん自身がただ華々しいだけの人生を歩んできた女性ではないことをうかがわせます。

でも酸いも甘いも、人生のさまざまな山も谷も経験してきたにもかからず、
それでもなお、彼女がこんなにも若々しくいられるのはどうしてなのでしょう?

メディア業界の片隅にひっそりと生息しているウサ夫は、ささやかな特権を行使して(要は仕事にかこつけて)先日、ヤッコさんにお目にかかる機会を得ました。で、ストレートに訊いてみました。

「どうすればそんなふうに若々しくいられるんですか?」

グレー地のTシャツに、同じくグレーに鮮やかな黄色のドットがあしらわれたニットカーディガンを羽織ったヤッコさんは、ちょっと考え込んだ後、ふたつのキーワードをあげてくれました。

なんだと思いますか?

それは、「集中すること」と「動き続けること」。

いつだって目の前のことに全力で集中してきた。
そしていつだって終わりを考えずに動き続けてきた。

若くある秘訣について、ヤッコさんはそう語りました。

この言葉を聞いたとき、ぼくは強烈な既視感をおぼえたのです。
たしか同じようなことを言っていた女性がいたような……。

そう、その女性の名前は、スーザン・ソンタグ。

アメリカを代表するリベラル派の知識人として、毀誉褒貶相半ばするパワフルな人生を送った彼女は、亡くなる10ヶ月前に「若い読者へのアドバイス…(これは自分自身に言いきかせているアドバイスでもある)」という文章ではじまるメッセージを遺しています。

ソンタグ自身が生きるうえで気をつけてきたことや、大切にしてきたことを列挙したこの長いメッセージの中で、ひときわ心に残るのが次のようなくだりです。

「動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋め合わせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。(中略)
傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分の中に取り込むこと。そして、自分に課された義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。傾注は生命力です。それはあなたと他者をつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。良心の領界を守ってください……。」
『良心の領界』木幡和枝・訳(NTT出版)

かたや死の間際まで世界の言論界をリードし続けた女性。

かたや転がる石のようにロックとファッションの最前線を走る続ける女性。
ソンタグとヤッコさんの言葉には、不思議と共通点があったのでした。

ぼくたちはいったいいくつまで現役バリバリで働けるのでしょう。
「まんなか」世代って、そういうことも気になる年代だと思うのです。
少しずつ体力だって落ちてくるしね。

でも正直、先のことはわからない。
ならばせめて、精神だけでも若々しさを保っていこうではありませんか。

目の前のことと懸命に格闘し、走り続けながら――。